創作のヒントとしての湯たんぽ

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湯たんぽです。

震災後、職場で一切の暖房が切られた時期がありました。その職場は昔、製品の組立工場として使っていた天井の高い建物で、現在は細かくパーティションで区切ることでたくさんの部屋にしているんですが、冬場は暖房が入らないと寒くてとても仕事をしていられませんでした。

それくらい寒いという事実も、暖房が切られて始めて知ったわけですが、なにしろ寒くて、出社しても誰もコートを脱がずに席につくんです。震災から数日経って多少は学習してますから、それぞれ、その格好のまま、仕事用に指先を切った手袋をしたり、使い捨てカイロを使ったりする訳です。

そんな中、私が仕事帰りに買ったのがこの湯たんぽです。

これを会社に持って行き、給湯室でお湯を入れて、足を乗っけて仕事をしてました。これが天国のように快適なんですね。そもそも室内で、風にさらされるわけではありませんから、カイロなんかを使っても、それなりに暖かいのですが、足先を暖めると、次元の違う暖かさで、全身の寒さを感じなくなるんです。

その後、節電ブームは去って、湯たんぽはすぐに使わなくなりましたが、自宅では時々、使用しています。部屋の暖房をつけると、暖まりはするのですが、頭がボーっとして仕事にならないことがあります。そんな時、あえて、暖房を使わずにこの湯たんぽを使うと、具合がいいのです。

 

なんとなく、この湯たんぽの効能って、示唆的な気がします。

例えば、映画を観ていて、全体的にいまひとつ面白くないことがある。

一方で、アラだらけなのにもかかわらず、結構、面白いときもある。

面白いときは、どこか一箇所でも、飛びぬけて魅力がある場合です。その魅力で全体の欠点をカバーできる状態です。全体的につまらない作品の、たくさんの要素を少しずつ底上げして、「面白い」という印象まで持っていくのは、かなり大変な気がします。

これは、「問題だらけの状況で、全部を改善するのが困難なとき」でも、「湯たんぽで足先だけを暖めると全身の寒さをしのげる」ように、どこか「肝」になるところだけを意識して集中的に改善すれば、全体的に「何とかなる」というレベルまでは引き上げられる、という可能性を示していると思うのですがどうでしょうか?

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