特撮怪獣・妖怪のリアリティー(その2)

ゴジラに必要なのは「生物感」ではなく「異形感」

概ね、アメリカ映画のモンスターはリアルなデザインで、生物としてバランスが取れています。本当にいそうな姿をしていることが多いように思います。

一方、日本の怪獣は、ウルトラマンのころから、ディテールが生々しい割に、バランスがいびつで、生物として不自然な事が多いのではないでしょうか。

ところが、どちらが「異形のモノ」としての存在感があるかと言えば、日本のアンバランスな怪獣の方がはるかに上のような気がするのです。セット撮影の少し暗い映像との相乗効果で、悪夢に出てきそうな、負の記憶に刷り込まれてしまうような迫力があります。

1998年にハリウッド版のゴジラが制作されました。モンスター映画としては王道で、元々、モンスター映画が好きな私には違和感がありませんでしたが、怪獣映画、ゴジラ映画のファンには大不評でした。

今にして思うと、あの前傾姿勢の素早いゴジラは、生物として自然過ぎたような気がします。大きさを別にすれば、ただの新種の恐竜に見えてしまいます。

オリジナルのゴジラは、中に人が入っているがゆえに人獣合成めいた「異形感」が突出していると思うのです。

ハリウッドゴジラ第二弾は、恐竜風の前傾姿勢をやめ、着ぐるみではないのに、まるで人が入っているかのような直立姿勢になって好評でした。

それは「渡辺謙がジャン・レノに勝った」というより、姿勢を「前傾」から「直立」にしたことに代表されるように、怪獣映画の必須条件である、「異形感」が前作を上回ったため、と言えるのかもしれません。

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