山田洋次監督作品「男はつらいよ」の魅力


先日、「寅さん記念館」に行ってきました。映画「男はつらいよ」の舞台、東京葛飾柴又にあります。

以前、大船松竹に映画テーマパークがあった頃、セットを見ましたが、あれは映画に使った実物ではなく、同じように再現したものでした。毎年、新作の「男はつらいよ」を作っている頃ですから、実物は保管しておく必要があったのです。現在は既にシリーズが終了して、実物セットはこの記念館に永久保存されることになりました。

山田洋次監督の映画全般に言える事ですが、寅さんのセットを見ても、美術のレベルがすごいです。カメラから見える部分だけキレイに作り込んだ、というハリボテ感が全くありません。トタンが錆びているようにみえて、近づいてよく見ると、細かく塗装で赤錆を表現している。有名な団子店のセットですが、座敷の客席があることを初めて知りました。後で1本、「男はつらいよ」を見直して見ましたが、座敷の方は全く映りません。全48作品の中でも、殆ど映していないのではないでしょうか。この、映らないのに完全に作り込まれている贅沢がこの映画の美術的なリアリティーを象徴しています。なにしろ本物のセット、しかも48作品で使われたものですから、「この柱に寄っ掛かってたんだな」「この階段を上がったんだな」と一々、感慨が湧きます。

そして、「男はつらいよ」の魅力の一つは、家族の信頼にあると思います。寅さんは兄弟や親戚たちといつも本気で喧嘩ばかりしています。喧嘩した勢いで旅に出ることもしょっちゅうです。しかし、この人達はお互いを完全に信頼している。寅さんは旅先で知り合った人によくいいます。「東京で困ったことがあったら、柴又帝釈天の俺の家へ行け。そこの人達は決して悪いようにはしないから」。おいちゃん、おばちゃんは、困った人を必ず助けてくれる、知らない他人だからと言って邪険にしたりはしない、と信頼しきっているのです。一方、おいちゃんたちも、「あの寅が、困ったらここを訪ねろ、と言ったくらいだから、この人は信用していい。寅の頼みでもあるのだから助けてあげなければ」ということで、食事や部屋を与え、世話をしてやります。言わば、寅さんの人を見る目に絶対の信頼をおいているのです。

実際の世の中では、そこまで信頼しきれない事が多々あります。親切にしてあげたことでトラブルに巻き込まれる事もあるでしょう。ある国では、子供に対する教育として、「困っている人がいたら関わるな」と教えているといいます。その国では、実際、親切な行動をとることで、自分の身を危険にさらす状況なのでしょう。残念ですが、現実にはそういう事もあります。

それだからこそ、「男はつらいよ」は、極度にリアルな美術の力で現実感を出した中で、人間同士の信頼関係がその世界の根幹にある、という理想世界の物語を展開するところに、絶大な人気があるのではないでしょうか。私が感じる「男はつらいよ」の魅力はそこにあります。

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