画面作りに「錯覚」を利用できてますか?・カメラの前に本物を並べる旧来のやり方は芸が無さ過ぎる

脳を麻痺させるか脳に手伝わせるか

映像全般について言えることですが、映像には錯覚が伴います。

全く同じ映像でも、直前に別の映像を加えることで、全く違う意味になることは、有名な「カニと修造理論」でも分かりやすく解説されているので、ご存じの方も多いでしょう。

 

エンタメ用の映像作品は、その前提として「錯覚を楽しむもの」と考えます。

「実際はそうでないけれども、そういう風に見える」という積み重ねで、観客の興味を持続させ、感情を導く「システム」そのものとも言えます。

だから、

  • 本物らしさを出すために、カメラの前に本物を並べるべきだ
  • ハリボテのセットを使ったり、それらしい小道具で雰囲気を出そうとするのは邪道だ

という批判は、ピント外れもいいところなんです。

その上で、誰もが持っている「脳内補完」という能力を、映像づくりに活かしましょう、という話をします。

 

映画の中には、観客の脳をあえて麻痺させると効果的な場面があります。

例えば、アクションシーン。

主人公が敵と激しく戦っている場面などでは、理屈を無視して「リズム」を重視した映像を作る場合があります。

 

一般的に、リズムが早いと展開にスピード感が生まれ、焦燥感、危機感が高まり、観客のテンションが上がることが期待できます。

(この「感情の誘導」が上手くできないと、単に忙しないだけの、見るのにストレスが掛かる映像になります)

 

この「リズムを重視してテンションを高める」シーンでは、細かい辻褄合わせにこだわらず、場合によってはかなり乱雑な編集を、あえてした方が良かったりします。

この場合は、映像理論の基本の一つである「イマジナリーライン」という法則も無視しますし、「その銃に弾が何発入ると思ってるんだ(笑)」というマニアックな批判も、的外れとして無視して良い場合がほとんどです。

 

黒澤明監督作品「七人の侍」では、合戦シーンの迫力のために、一度使った「落馬ショット」を、左右裏焼きしてもう一度使っています。

当然、着物の合わせは右前になっていますが、その理屈より「勢い」を優先しているわけです。

 

アメリカ映画「ブラックレイン」でも、クライマックスで松田優作とマイケル・ダグラスが格闘するシーンなどは、足で腹を蹴っているのに、当たっているのは拳だったりしますが、これは当然、間違いなどではなく、「辻褄より勢いを優先した」という結果です。

 

これらは、わざと乱雑な編集をすることによって、脳に判断を諦めさせ、麻痺させることで、「高揚感」だけ強く伝える効果があります。

 

一方で、「理屈」を認識させることで、見る人の脳内補完を強制的に引き出してしまう効果もよく利用されます。

 

ごく簡単な例では、刑事ドラマなどで

  • 東京警視庁の建物外観
  • 会議室

と映像が繋がっていれば、その会議室は警視庁の庁舎内の一室だろうな、と理屈で判断します。

 

大事なことは順番で、まず全体像を見せて、その世界観を観客に植え付けてから、細部のドラマに移行するのが鉄則です。

つまり、シーンの初めの「引きの映像」で状況や世界観を示せば、それに続く映像の解釈は、観客の脳内補完も協力してくれるというわけです。

これを利用しない手はありません。

引きの映像でまず世界観を植え付ける

例えば、「風の谷のナウシカ」というアニメーション映画に登場する「腐海」という場所があります。

色々な種類の、魔物めいた巨大な虫が飛び交い蠢く、異様な森です。

これを実写で描くとします。

 

「本物志向」にこだわると、どこまでもこの森を表現しようと作り込む必要があり、恐らくいつまでも撮影は始まりませんし、多大なコストが掛かります。

 

大事なのは、「初めの引きの映像」と割り切ったらどうなるでしょう?

 

「森の中にいる主人公」という最初の1カットにエネルギーを集中して、例えば、ミニチュアで作った虫たちをこれでもかと合成して、状況を見せます。

その異様は印象を観客に植え付けてしまえば、その後の森の映像は、普通の森で撮影しても、「周囲には巨大な虫がたくさんいる」という状況を、観客の脳が勝手に補完して作り上げてくれる筈です。

それを助けるために、時々、ちらっと虫を映り込ませたりすれば効果は持続します。

これには、最低限のコストしか掛かりません。

 

つまり、冒頭で世界観を作れば、全体としては数パーセントしか「腐海特有の映像」を使っていなくても、「腐海のシーン」として成り立つだろう、ということです。

「コンフィデンスマンJP」の成功例

人気テレビシリーズの劇場版として、コンスタントにヒットしている日本映画に「コンフィデンスマンJP」という作品があります。

 

巧妙などんでん返しのストーリーが魅力のこの作品ですが、最新作「コンフィデンスマンJP・英雄編」は、コロナの影響で大規模な海外ロケができなくなり、製作が危ぶまれました。

ところが、これは大英断だと思うのですが、映像合成を大胆に使って、海外を舞台にした作品に仕上げたそうです。

 

主に「引き」の映像を合成加工して、舞台設定を観客の頭に植え付ければ、その後の場面を国内で撮影していても、全体として海外ロケをした作品のように見せられる、という、壮大な実験作品として成功しています。

もはや上質な「特撮映画」と言っても良いのではないでしょうか?

 

  • そんなのは映画とは言えないよ
  • こんな小手先の騙しで喜んでいて恥ずかしい

という人もいるでしょう。

それは好みなので否定はしません。

 

ただ、

  • 特撮を使えば、限られた条件でも作品が形になる
  • 本物志向だと、限られた条件では作品が形にならない

という事実を、私は重視します。

 

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