実写の自主映画がもたらす一番の功績は「今の自分たちの姿」「今の風景」を残すこと
タイムカプセル機能を持つ「映画」という装置
自主映画を作っていてつくづく感じるのは、
- 物語の面白さ、メッセージ性
- 作りたかった映像のカッコよさ
の表現を動機として作ったにもかかわらず、それ以外の、「意図せず残った記録」の価値が時間と共に大きくなっていく、という事です。
例えば、自分達が若いうちは、若いことに対する価値が分かっていません。
学生ならそのまま「学生」の物語を作ればいいのに、無理をして社会人の役を演じていたりします。
私も、今思えば「もったいないことをしたなあ」とも思いますが、結果として「若いころの自分たちの姿」というのは記録されています。
その当時は価値を感じていなかった、「若さ」は、実はかけがえのないもので、その姿や動き、声まで記録されていることは、思いのほか少ないものです。
私も、どこかに出かけて、自分の記念写真を撮る習慣が無いので、映画を作っていなかったら、当時の自分の姿は余り残っていなかったかもしれません。
映画と言うのは、舞台のライブと違って、時間をおいてから鑑賞することが出来ます。
完成した直後に見ると、いろいろとアラだけが目立って、「失敗作だなあ」とがっかりすることも多いのですが、それは製作者としては仕方ありません。
企画段階では素晴らしい完成形を妄想しているからです。
それでも、何年も時間が経って、改めて見直してみると、印象が全く違っていて驚くはずです。
あれほど気になっていた「アラ」がそれ程気にならず、逆に、完成当時は気付かなかった間違いを見つけたりします。
それだけではありません。
全体的に、それなりによく出来ているように思えてくるんです。
当時、出来る限り作品を良くしようと頑張っていたのであれば、大抵は十分に楽しめるはずです。
ここで、製作者としては初めて、客観的に作品を見られたわけです。
そして痛感するのが、前述の「意図せず残った記録」の価値部分です。
- みんな若いなあ
- この学校、もう無いんだよなあ
- この頃、こういう服装の人が多かったよなあ
という部分です。
この「意図せず残った記録」の部分が多ければ多いほど、そして、それらが既に失われてしまっているほど、作品にはプラスアルファの価値がある事になります。
これは、映像作品特有のものではないでしょうか。
見慣れた風景も消えていく現実
若いときに自分の若さの価値には気付かないのと同じように、今、見慣れている風景も、日々変化していることに気付きにくいものです。
そして、ついつい、「真新しいもの」を撮影してしまい、近い将来価値を感じることになる「古いもの」を撮らなかったりします。
私もそんな失敗ばかりしています。
例えば、昔は駅の改札には駅員が立っていて、切符を切ったり、降りるときに切符を受け取っていました。
ある時期から自動改札が普及し始めて、私の住む郊外の最寄り駅の一部にも導入されました。
その「真新しいもの」を面白く感じてしまい、駅のシーンはわざわざ、自動改札機のある改札で撮影してしまったのです。
もし、そこであえて、切符を切っている駅員のいる改札を撮影していたらどうでしょう?
その部分は記録映像としての、プラスの価値を生み出せていたはずなんです。
他にも、「残しておけばよかったなあ」と思う風景はたくさんあります。
駅前にあった雑然とした商店街。
駅に行くには、狭くて薄暗いアーケードを抜ける必要がありました。
魚屋の匂い、八百屋の果物の匂いが混ざりあい、足元の桶には生きたドジョウが売られていた風景を鮮明に覚えていますが、全く記録は残っていません。
逆に、閉演する地元の遊園地の映像を残しておこうと思って、何日かかけて撮影しておいた映像をYouTubeにアップしたところ、いまだに見ず知らずの人から「懐かしいです。ありがとうございます」というメッセージをいただきます。
映像の持つタイムカプセル機能の偉大さを痛感します。
何気ない風景、いつでも撮れると思っている風景こそ、意識して残しておきましょう。
なぜなら、「いつでも撮れる」と思っていても、気が付いたらその風景はもう無くなっているからです。
背景映像として先に撮影しておく
そんなことを言っても、記念に写真を1枚撮っておくだけならともかく、その「残しておきたい風景」を使ったシーンの撮影なんて、そう簡単に出来ないよ、と思いますよね。
第一、シナリオが無い。
今、製作中の作品があったとしても、その中にこの風景を使ったシーンが無いことがほとんどでしょう。
私もそう思っていました。
「いつかここを舞台にしたシーンを撮りたいなあ」と思いつつ、撮らなかった場面だらけです。
例えば、鎌倉にある有名な切り通し。
「切り通し」と言うのは、起伏の激しい山中などで、山を削って作った通路です。
両側が切り立った崖になっているので、非常に迫力がある風景です。
私の自宅から鎌倉は遠くないので、映画の場面でもよく使われていたその風景をいつか使いたいと思っていましたが、崖というのはどんどん風化します。
その切り通しも危険なため、最近、立ち入り禁止になってしまいました。
もう二度と撮影は出来ません。
そうなる前に、出来ることは、せめて背景映像として使えるように撮影しておくことです。
そのシーンを使う作品が現れるかどうかは後回しです。
これは、「人物はグリーンバックで別撮りする」という、いわば「邪道な映画」だからこそできる手法です。
「時間とお金を掛けて、その場所に集まってじっくり撮影してこその映画だ」という人には抵抗があるのはもっともだとは思いますが、そう思っていて結局、永久に撮影できずに終わるのと、邪道な手を使ったとはいえ、作品が完成するのとは雲泥の差があります。
私は、人物をグリーンバック撮影して、それを背景に合成する「升田式スーパープリヴィズ法」に大きな可能性を感じています。
「どんな作品になるかも分からないのに撮れない」と思うかもしれませんが、よく考えてみてください。
例えば迫力のある崖の下、という場所でドラマを撮ろうとした場合、どんなジャンルの作品であろうが、登場人物の人数が何人であろうが、「撮り方のパターン」は限られています。
もしそこで撮影をしたら映るであろう背景のパターンを、考えられる限り全て撮っても、時間はほんの数分で済みます。
最近普及している、360度カメラを使って撮影すれば、さらに背景撮影は簡略化できるでしょう。
前述した、遊園地の映像も、背景として使うことが出来ます。
人物を合成するという特撮技術を使えば、新作のドラマの背景として、その遊園地を蘇らせることも出来るんです。
ドラマの内容にプラスして、背景映像に価値があれば、作品全体の価値が上がって、鑑賞も楽しくなると思いませんか?
参考になれば幸いです。
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The Greatest Contribution of Indie Live-Action Films: Preserving the Present Self and the Current Landscape
Films as Time Capsules
One thing that strikes me about making indie films is how, over time, the unintended records captured by the film gain tremendous value—sometimes even surpassing the intended goals of storytelling, messages, or stunning visuals.
For instance, when we’re young, we often fail to appreciate the value of our youth. Instead of playing students in our films, we sometimes stretch ourselves to play adults—a choice I now see as a missed opportunity. Yet, those films inadvertently captured our youthful faces, voices, and movements, creating irreplaceable records.
Movies, unlike live theater, can be revisited after years have passed. At first, all you may notice are the flaws and compromises, leading you to label it a “failure.” However, as the years go by, those same “failures” become less glaring, and you might even find a few mistakes you hadn’t noticed before. More surprisingly, you’ll likely feel that the film is quite good overall.
It’s only with time that filmmakers can view their creations objectively—and, in doing so, they’ll come to appreciate the unintended records:
- “We were so young!”
- “That school doesn’t even exist anymore.”
- “This is what people used to wear back then.”
The more these unintentional records capture lost aspects of the past, the more value they add to a film. This unique capability is what sets films apart as a medium.
The Disappearing Familiar
Just as youth isn’t recognized as valuable until it’s gone, we often overlook the inevitability of change in the familiar landscapes around us. In our eagerness to capture the “new,” we often neglect what will soon become “old” and precious.
I’ve fallen into this trap too. For example, in the past, station gates were manned by attendants who punched tickets. Later, automated gates began replacing them, and I was drawn to their novelty. When filming a station scene, I naturally chose the location with the new gates. In hindsight, if I had filmed the human-operated gates, I would have preserved something far more valuable as a historical record.
Capturing Background Footage in Advance
Even if you don’t yet have a screenplay that incorporates a specific location, it’s worth capturing background footage beforehand. This is especially true for “lost” places—like the once-iconic cut-through paths of Kamakura, which have now been closed for safety.
Filming a location as background video, to be used in a future project, is possible thanks to techniques like green-screen compositing. While some may see this approach as “inauthentic,” it’s far better to preserve a scene than to never capture it at all.
With tools like 360-degree cameras, capturing versatile background footage becomes even simpler. And with special effects, you can bring these locations back to life in new films, adding an extra layer of meaning and value to your work.