特撮映画としての「レイダース/失われたアーク」
特撮映画の教科書的エンタメ大作
私は子供の頃から、テレビで放送される映画を見る程度ではありましたが、特に不思議な特撮映像が入った映画や、作り物の恐竜が出てくる映画が好きでした。
ただそれはもちろん「観客」として楽しんでいただけで、「この映像はどうやって作られているんだろう?」という興味を持ったのは高校生になってからです。
ちょうど、家庭用のビデオデッキが普及して、我が家でもテレビ放送が録画出来るようになった頃だったので、面白い作品を録画して、繰り返し見直しながら自分なりに分析したり、特撮の解説本を読み漁ったりして、「作り手」としての感覚が養われて行きました。
1981年に公開された「レイダース/失われたアーク」を見たのは実は劇場ではなくて、1985年のテレビ放送時だったんです。
今にして思えば、どうしてこの映画に興味を持っていなかったのか分かりませんが、映画公開当時の宣伝など、全く記憶にありません。
初めてテレビ放送を見て、まず最初に衝撃だったのは実はBGMでした。
それまでの私の興味は「川口浩探検隊」に向いていましたが、その番組内で流れている怪しげで魅力的なBGMの正体はほとんど知らなかったんです。
「レイダース」の放送を見て初めて、探検隊のBGMのいくつかをこの映画から使っている事を知りました。
それ以降、探検隊に使用されているBGMを映画のテレビ放送で知るたびに、その映画のサウンドトラックLP探しが習慣になります。
そんな具合で、私にとっては音楽から興味を引いた「レイダース」ですが、もちろん内容も最高に魅力的です。
「面白いと思う映画ベスト3」には間違いなく生涯、入り続けると思います。
この作品は、CG登場以前の特撮映画の中で最高峰の完成度を誇る作品です。
特撮ジャンルには、
・CG
・ミニチュア
・ストップモーション
・合成
・スタント
・ダミー
などがありますが、「レイダース」はCG以外の特撮ジャンルを全て活用して、しかもそれが最高の効果を上げていると言えます。
スタントのお手本
見落とされがちですが、「スタント」というのも特撮の1ジャンルです。
大抵の場合、危険なアクションシーンには訓練されたスタントマンが起用されます。
顔がはっきり映るショットは実際の俳優が演じ、危険でハードなショットはスタントマンが演じることで、迫力のある場面を作るわけです。
「レイダース」の中にはたくさんのアクションシーンがあって、どれも魅力的なんですが、特に分かりやすいのは砂漠でトラックの奪い合いをする場面です。
走っているトラックを馬で追いかけて乗り移ったり、運転手と殴り合い、落とされそうになりつつトラックの下を通って引きずられたり、まさに手に汗握るアクションシーンが続きます。
「失われたアークの争奪者たち」というタイトルにふさわしい場面です。
スタントシーンは基本的に「危険な状況」を表現しますが、撮影そのものは「いかに安全に行うか」が大事です。
そのための工夫として様々な仕掛けが作られたり、ゆっくりした動きで撮影された映像を早送りで映写したり、という手法も採られます。
監督のスピルバーグは、猛スピードで走る乗り物の上で行うアクションシーンを、実際にはゆっくり走らせた乗り物の上で演じさせる、という手法をよく使います。
これは2作目の「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」のトロッコシーンなどは分かりやすいんですが、設定上はかなり速度が出ているはずなのに人物のやり取りのアップは注意して見ると、かなり速度が遅いことが分かります。
理屈としてはおかしいんですが、巧みに編集された映像ではあまり気にならないんです。
そういう意味でも、レイダースのトラック争奪シーンはスタントのお手本と言って良いと思います。
考古学と特撮の秀逸な組み合わせ
「レイダース」はもちろんフィクションです。
にも関わらず、現在の考古学者のうちかなりの比率で、「レイダースの主人公である考古学者のインディ・ジョーンズに影響されて考古学者になった」という人がいるそうです。
決して志望者や支援者の数に恵まれているわけではない、考古学会の中では、この映画に感謝している人も多いといいます。
映画で扱っているのは、オーソドックスな古代遺跡というよりは、古代の超文明といったやや都市伝説的な、「学研ムー」が得意とするようなジャンルです。
この、古代遺跡の異世界感や超自然現象と「特撮」の相性の良さは抜群なんです。
これ以降、同じような要素の組み合わせの映画が量産されましたが、「リアリティ」と「荒唐無稽さ」の塩梅において、「レイダース」以上の作品は見たことがありません。
実在する古代遺跡は主に石造建築ですが、その姿は昔から特撮映画によく登場していました。
ハリーハウゼンのストップモーション映画でも、古代遺跡が舞台になったり、巨大な神の銅像が動き出したり、というように、遺跡が持つある種の気味悪さ、作った古代の人の思いの強さなどを感じさせるので、怪しげな特撮が似合うんですね。
私が作った探検映画でも「謎の古代遺跡」はよく登場させていて、初期の頃は「マット画」という「絵」だったりしたんですが、デジタル合成が出来る環境になってからは、ミニチュア遺跡の模型を作って、それを撮影してきた映像に合成していました。
笑い話ですが、そのうちの1本は見事なインド風の石像がある公園で撮影したシーンで、「実際にここで撮影すると迫力が違うなあ」と現場では思って、喜んでいたんですが、完成映像はあまりに特撮映画的な画面で「へえ、このミニチュアよく出来てるねえ」と言われたことがあります。
合成しない特撮の魅力
「レイダース」はデジタル合成の技術がまだ映画に活用される前なので、映像合成は「光学合成」といって、職人技が必要な技術が使われています。
その使用頻度も必要最小限で、技術レベルは恐らく最高峰のはずです。
そして、「特撮」というと、とかく「合成」とセットで考えてしまいがちですが、合成を伴わない、ミニチュアやダミーの技術もこの映画ではふんだんに使われています。
特にクライマックスのシーンでは、空中を古代の亡霊のような白い影が無数に乱舞し、敵方の兵士がアークのパワーで無残に死んでいくショットは、稲妻の光学合成の他、色々なタイプの「ダミーヘッド」が登場します。
それまで散々主人公を苦しめてきた悪役たちの顔が、リアルに溶けたり縮んだり爆発したりします。
冷静に考えれば残酷なショットが連続しますが、特撮技術的にはとても面白い手法で、工夫して撮られた映像群です。
それを、CGなどではなく、カメラの前で動かしながら現物を撮影している楽しさが感じられます。
現代はCGが全盛ですが、やはり「現物がそこにある」という状況は、映画作りの知識を持たない観客にも無意識レベルで伝わるものなのではないでしょうか?
私が特に感心したショットは、アークを運んでいる人の影が壁に映っている、シンプルな映像です。
もちろん映画を見ているときはそのトリックには全く気付かないんですが、メイキングを見ると、神輿(みこし)のように長い棒に乗せたアークを運ぶ影の撮影には、実物大のアークなどは使っていないんです。
使われているのは、アークの輪郭に切り抜かれた薄いベニヤ板。
その影が壁に落ちるように照明を調整しているだけなんですね。
うやうやしくベニヤ板を運ぶ楽しい撮影現場の状況はメイキング映像が存在しているので見ることが出来ます。
大掛かりなセットを作ったり、プロの職人技が必要な場面は、観客として楽しむしかないんですが、「レイダース」のような大作映画の中にも、私たちが作るDIY映画・自主映画でも応用が出来る手法があると嬉しく思いますよね。
私は制作中の探検映画の中に、この影の撮り方をヒントにした映像を1ショット盛り込みました。
ストーリーが面白い特撮映画のお手本
映画の面白さというのは種類がさまざまで、何が面白いのかは人それぞれ意見が違います。
特に、アクション映画や特撮映画は、映像のインパクトが大きいので、ストーリーより映像の演出を重視する傾向があります。
中には、「ジャンル映画にはストーリーは要らないんだ」と言う人もいるくらいです。
現に、この「レイダース」以降、製作者のジョージ・ルーカスは、「観客は物語よりジェットコースター感覚を望む」と判断して、ストーリーよりアクションの演出を重視した映画を作るようになったと言われています。
それが正しいのかどうかは、観客の判断に任せるしかありませんが、私は単純に、
・小説で読んでも面白い
・映像は最後まで刺激のインフレにならず面白い
という2点を両立している作品が好きです。
この「レイダース」はその条件を満たしている数少ない特撮映画であって、私の中では常に最高峰のお手本としてときどき鑑賞すべきエンタメ作品なんです。
観客としてはもちろん、作り手視点でも存分に楽しめる作品ですから、未見の方には是非お勧めします。
参考になれば幸いです。
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