本格じゃなくても物語は届く・映画と小説の創作をもっと気軽に楽しむ方法

観客は「本格」に疲れている?

物語創作にせよ映像製作にせよ、作る側にとって、「作品が本格的であること」は一種の憧れです。

緻密な構成、深いテーマ、複雑な人物描写──それらを盛り込むことで、作品が「本物」になるような気がしますよね。

創作に真剣に向き合うほど、完成度を高めたいという欲求は強くなって当然です。

 

でも、ここには二重の落とし穴があると思うんです。

 

一つ目の落とし穴は「高望みのワナ」。

素晴らしい作品を作りたいと思って知識をため込む勉強だけして、なかなか作品を完成させられない状況の元凶です。

 

二つ目は作品の受け手である観客とのすれ違いです。

 

例えば、出版社を通さずに書かれた小説を直接ネットに投稿する「小説家になろう」というサイトがあります。

このサイトは2000年代に個人サイトとしてスタート後、現在ではアマチュアからプロ志望の作家の作品100万作以上が掲載され、月間PV数が25億以上という、日本最大級のWeb小説投稿サイトです。

ここで公開された作品は誰でも閲覧できるので、毎日の習慣として贔屓の作家の作品を読む人も多くいます。

 

読書好きな私の友人は、普段から単行本でも小説を読んでいるのですが、通勤電車や昼休みは、スマホでこの投稿小説をよく読むそうです。

プロの作家の作品を読みなれている読者にとっては、稚拙さが目立ったり、それこそ誤字脱字がストレスにならないのかなあ、と疑問だったんですが、聞いてみるとweb小説に求めているのは「軽さ」なんですね。

むしろ、紙の小説のように本格的な作品は、重たすぎてスマホで気楽に読むのに適さない、という意見でした。

 

これは、私たち創作者にとってはヒントが詰まっている状況だと思います。

 

求められている「軽さ」を具体的に聞くと、本格小説にとっては味だったり作家性そのものであるはずの「文体」が簡易であればあるほど良いそうなんです。

いわゆる「地の文」で工夫を凝らした表現をするのではなく、淡々と状況だけ伝えている方が望ましいと。

 

これは、本を読みなれない人の意見ではなく、普段から翻訳もの、本格時代小説の愛読者の意見であることが興味深いんです。

 

私も最近、長年溜まった創作メモを整理する意味でも、小説投稿を再開しました。

その際、「本格的な小説の体裁を整えるところにエネルギーを注がなくてもいいのかも」というこの意見には大いに励まされました。

ちなみに私は、ラフな作品では、一人芝居や落語の語りのような、全編セリフのみでまとめたりしています。

ですから、厳密には小説とは呼べないかもしれません。

 

ただ、単なる創作メモではなく一連の形にしていますから、その後、時間や気力があれば、本格小説の体裁で書き直したり映像用の脚本に変換することもできるはずです。

創作は自己肯定感のためにある・やおい文化が示す伝統

この「web小説はラフがむしろ良い」という話を聞いて思い浮かべたのが、70年代の終わりに登場した「やおい文化」でした。

 

「やおい」とは「ヤマ無し・オチ無し・イミ無し」の作品という意味で、当時の同人誌作家たちが自虐的に使っていた言葉ですが、自分たちの好きなキャラクターを自由に動かして表現することで、コミックマーケットなど同人イベントの裾野を大きく広げることに貢献しました。

レベルの高い作品も多く、プロとして活躍するようになった人も多かったはずです。

 

物語創作の基本としては、当然、ヤマがあり、秀逸なオチもあり、作品化するイミも無ければいけないとされます。

でも、「それらが無ければ創作の意味が無い」という訳ではないということです。

 

創作の目的は突き詰めれば自己満足だと思います。

世の中には、自分は全く満足感を感じないけれども、必要とされているから作品を作っている、という人もいるかもしれませんが、少なくとも趣味の創作者が最優先すべきなのは自己満足です。

自己満足できていないものを他人に見せて満足を与えられるのは、よほどの才能の持ち主です。

 

ところが厄介なことに、自己満足による自己肯定感は、創作活動の原動力であると同時に、足かせにもなります。

実力以上の完成度を求めすぎたり、自分の作品に自信が持てないと、創作そのものが苦しみに変わってしまうということです。

 

そんな時に思い起こすべきは、自己肯定感を満たす創作の伝統でもある、やおい文化だと思うんです。

映画でも小説でも、「好きだから作る」「誰かと共有したい」という自由で気軽なスタンスが、創作を支えるのではないでしょうか。

それは、評価や完成度とは別の軸にあります。

「ゆるさ」がもたらす自由と魅力

では、気軽な創作だから軽薄な作品しか生まないのか、といえばそうとも言えないと思います。

むしろ、短編作品、日常系のふんわり、おっとりした気軽さが、観客との距離を縮め、肩の力を抜いて作るからこそ素朴で「刺さる」作品にもなり得ると思います。

 

「軽さ」は、決して「雑さ」や「手抜き」ではありません。

重厚な表現をせずにテンポの良さや分かりやすさを優先したシンプルな文体での表現、と考えると良いと思います。

 

普段、私も創作理論や技術を応用して作品を作ろうとしています。

ただ時々、理論の実践が目的になってしまっていないか、と疑問を感じることがあります。

理論は構造的に本格作品を作る時にはとても有効です。

特に効率よく楽にエンタメ作品を作る武器として不可欠なものだとは思います。

 

ところが、自分の創作モチベーションが上がらない時、もっと正確に言うと、創作はしたいのに理論に沿っての作業が妙に億劫なときは、「本格じゃなくてもいい」と割り切って、web小説に求められている「ゆるさ」もあることを思い出すと、創作のハードルがぐんと下がるかもしれません。

 

そしてこの考え方は、小説だけでなく映像作品にも当てはまります。

映像にも理論があってそれを応用することで、より受け取りやすかったり効果を生み出したりはしますが、ガチガチな映像理論からすればちょっと外れた作品であっても、写っているものの魅力で充分に作品を成り立たせてしまう事もあるのが事実です。

 

中途半端に理論を知っているとそれをひけらかして、作品を評価したくなりがちですが、そこに大した意味はありません。

もっと単純に作品を楽しみましょう。

 

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(ブログ記事一覧)

DIY映画倶楽部のご案内

 

創作活動としての映画製作は最高に楽しいものです。

昔はネックだった撮影・編集環境も、現代では簡単に手に入ります。スマホをお持ちの時点で最低限の環境はすでに揃っているとも言えます。

  • 趣味がない人。新しい趣味で楽しみたい人
  • 自分の創作がしたい人
  • 映像作品に出演して目立ちたい人、目立つ必要がある人

にとっては最適の趣味であることに間違いありません。

 

ただ、実際の映画製作には多くの工程があり、全てのノウハウを一人で身に付けて実践しようとすると大きな労力と長い時間が必要になります。

 

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広い意味でのストーリー映像を作るためのノウハウを共有し、必要であれば技術的な支援もしながら、あなたの創作活動をお手伝いします。

詳しくは以下の案内ページをご確認ください。


 

Even Without Serious Craftsmanship, Stories Can Resonate: How to Enjoy Creating Films and Novels More Casually

Are Audiences Tired of “Authenticity”?

Whether in storytelling or filmmaking, creators often aspire to make their work “authentic.”

Intricate structure, profound themes, complex character portrayals—by incorporating these elements, we feel our work becomes “real.”

The more seriously we engage with creation, the stronger our desire for perfection naturally becomes.

But I believe there are two major pitfalls here.

Pitfall One: The Trap of Over-Ambition

We want to create something great, so we keep studying and accumulating knowledge—but we struggle to finish anything. That’s the root of the problem.

Pitfall Two: A Disconnect with the Audience

Take, for example, the site “Shōsetsuka ni Narō,” where writers post novels directly online without going through publishers.

It started as a personal site in the 2000s and has grown into one of Japan’s largest web novel platforms, with over a million works and 2.5 billion monthly page views.

Anyone can read the works published there, and many people make it a daily habit to follow their favorite authors.

A friend of mine, an avid reader of print novels, often reads these web novels on her phone during commutes or lunch breaks.

I wondered whether the rough writing or typos would bother someone used to professional novels—but she said what she seeks in web novels is “lightness.”

In fact, she finds traditionally published novels too heavy for casual reading on a smartphone.

A Hint for Creators

When I asked what kind of “lightness” she meant, she said the simpler the writing style, the better—even though style is often considered the essence of literary fiction.

Rather than elaborate prose, straightforward descriptions of the situation are preferred.

What’s interesting is that this opinion comes not from a casual reader, but from someone who regularly reads translated literature and serious historical novels.

Recently, I resumed posting my own fiction, partly to organize years of creative notes.

This idea—that I don’t need to pour energy into making my work look “serious”—was incredibly encouraging.

For rougher pieces, I sometimes write entirely in dialogue, like a monologue or rakugo performance. Strictly speaking, it might not even qualify as a novel.

But since I shape these into coherent sequences, I can later revise them into formal novels or adapt them into screenplays if I have the time and energy.

Creation as Self-Affirmation: The Tradition of Yaoi Culture

This idea—that roughness is actually good for web novels—reminded me of the “yaoi culture” that emerged in the late 1970s.

“Yaoi” originally stood for “no climax, no punchline, no meaning,” a self-deprecating term used by doujinshi creators.

By freely expressing their favorite characters, they helped expand the reach of fan events like Comic Market.

Many works were high-quality, and some creators went on to become professionals.

Of course, traditional storytelling demands a climax, a clever ending, and a meaningful structure.

But that doesn’t mean a work without those elements is meaningless.

Ultimately, I believe the purpose of creation is self-satisfaction.

Some people may create because their work is needed, even if they feel no personal fulfillment—but for hobbyist creators, self-satisfaction should be the top priority.

Only those with exceptional talent can make others happy with work they themselves don’t enjoy.

However, self-affirmation through self-satisfaction can be both a driving force and a burden.

If you demand too much perfection or lack confidence in your work, creation itself can become painful.

That’s when we should remember the tradition of yaoi culture—a form of creation that fulfills self-affirmation.

Whether in film or fiction, the attitude of “I make this because I love it” or “I want to share this with someone” is what sustains creativity.

It’s a different axis from evaluation or polish.

The Freedom and Appeal of “Looseness”

Does casual creation only produce shallow work? I don’t think so.

Short stories and gentle, everyday narratives can bring creators closer to their audience. Their relaxed tone can result in simple yet deeply resonant works.

“Lightness” doesn’t mean “sloppiness” or “cutting corners.”

It’s about prioritizing tempo and clarity over heavy expression, using a simple writing style.

I often apply creative theory and technique to my work.

But sometimes I wonder if I’m creating just to practice theory.

Theory is incredibly useful for building structured, serious works—especially for efficiently producing entertainment.

Yet when my motivation dips—or more precisely, when I want to create but find theory-based work oddly tedious—remembering that “it doesn’t have to be serious” and embracing the “looseness” of web novels can lower the creative barrier.

This mindset applies not only to novels but also to visual works.

Film theory helps make content more accessible and impactful, but even works that stray from rigid theory can succeed through the sheer appeal of what’s on screen.

Knowing a bit of theory can tempt us to flaunt it and judge others’ work—but that’s rarely meaningful.

Let’s enjoy works more simply.

I hope this was helpful.

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