特撮映画としての「進撃の巨人」2

ようやく劇場で観てきました。
決して始めに言い訳をするつもりはありませんが、完全無欠な映画など存在はしません。また、短編小説の映画化と違って、長い原作もののストーリーを劇場映画にまとめるのは、それだけで離れ業だ、という事を知っておいてもいいと思います。

冒頭、科学技術が退化した近未来の街の描写に圧倒されます。これは本当に日本映画なのか?古き良き映画時代にはあったのかもしれませんが、この街の美術と人の活気の本物感は、ちょっと最近、見たことがありません。正に「本格映画」の魅力があります。
映画は所詮作り物、と頭では分かっていても、全くハリボテ感のないオープンセットのシーンが続くことで、この映画が特撮映画でありながら、小手先の合成技術をひけらかしたり、ごまかしのために特撮は使わないぞ、という宣言に思えます。
「あしたのジョー」もオープニングの街の描写は素晴らしかった。最近は、日本映画の、特に冒頭シーンの美術の良さには目を見張る作品が増えたような気がします。

そして、この映画の重要なモチーフのひとつである「巨大な壁」のある風景。この辺りは当然、合成を駆使して描かれるのですが、異世界を印象づけるのに十分な魅力があります。

特撮の楽しさのひとつは、この「異世界」を生まれさせることです。
特撮の神様、ハリーハウゼンの映画なども、個々のクリーチャーのリアリティーはもちろん、独特の世界を定義付けるのに、特撮を有効に使っています。

この映画は賛否両論に評価が割れていることでも話題ですが、ベストを尽くして結果を出している、と私は思います。

そして、これでもか、と巨人が登場するのですが、これが純粋な「特撮」!

3D CGなどではなくて、物理的な対象がそこにいるという質感がすごいです。これは、どういうことか考えたんですが、やっぱり、プログラムでは計算できない誤差の積み重ねがリアリティーを生むんでしょうかねえ?
つまり、オーケストラで20人分のバイオリンが同じ音を出すとき、一人分の音を20回分重ねても、多分、「深み」がちょっと違いますよね?多分ですが。
巨人がジャンプして着地するとき、肉がこう揺れる、髪の毛がこう波打つ、というのは、3DCGでも、乱数的な揺らぎも含めて、かなりリアルに描けるようにはなりました。でも、それはあくまでも「自然に見えるプログラム」で実際に撮影できるのであれば、巨人の扮装をした人を撮影した方が、得られるメリットが大きいのです。

劇中ではかなりグロテスクで絶望的な場面ですが、恐らく、撮影の状況は楽しかったと思います。(役者はきつかったと思いますが)
もし、このシーンをフルCGで作っていたら、特撮の神様、円谷英二監督は「それで楽しいか?」と聞いたかもしれませんが、この映画の特撮に関しては、喜んでくれるのではないでしょうか。

クライマックスの巨人のアクションなど、本来CG映画で得意とするシーンですが、実写ならではの生々しさもあいまって、迫力面でも素晴らしい出来だと思います。

かつて、手持ちカメラのぶれた映像のなかに、フルCGのリアルな恐竜を完璧に合成させた「ジュラシック・パーク」は間違いなく映画のエポックメイキングになりましたが、この「進撃の巨人」もCGではない、新しく生まれ変わったアナログ特撮として、将来、エポックメイキング的作品と認識されると思います。

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