映画は先祖返りし始めたのか?・古典的技術に感じる新しさ

時代が進むにしたがって複雑化した手法

ときどき、サイレントの古い映画を見て、「古い映画なのに大掛かりな撮影をしていて驚いた」というような感想を書いている人がいます。
こういう勘違いをしている人は結構多いんですが、古い映画ほど、映像トリックを使わずに大掛かりな撮影をしているものなんです。

例えばドラゴンを退治する騎士の物語などは、ドイツ映画などでも古くから作られていますが、撮影の手法はというと、実物大のドラゴンを作って、その口から本物の火を噴かせて、役者と一緒に撮影しています。
ミニチュアのドラゴン模型を使って映像合成したりするのは、その後の工夫として発展してきた手法なんですね。

走っている蒸気機関車が橋と一緒に谷底に落ちるようなスペクタクル映像も、ミニチュアなどを使って撮影するのが定番と思われていますが、昔は全部本物を使って撮影していたりします。

「猿の惑星」(1968)という名作があります。
古代遺跡のような魅力的なデザインの「猿の町」が出てきますが、それらはほとんど全部、実物大のセットを作って撮影されているんです。
後に何度もリメイクされている作品ですが、新しいものは「壮大な景色」はほとんどCGの筈です。
これを、「技術進歩の勝利」と考えるか、「もう昔のように実物大セットを準備できる時代ではない」と残念がるか、どちらも真理だと思います。

私は基本的に機械装置が好きなので、CGが登場する前の特撮手法は、その工夫そのものが大好きで、自分でも再現したいと、いまだに挑戦しています。

ところが、こういう古い手法やスタイルが次々と復活する、不思議な現象が起きているんです。

ゴジラ-1.0をお手本にするハリウッド映画

アメリカのアカデミー賞で特撮技術が評価されて受賞する、という快挙を成し遂げた、山崎貴監督の「ゴジラ-1.0」ですが、実は、その評価はVFXと呼ばれる技術に留まりません。
ハリウッドの若手監督たちが、「ゴジラ-1.0」のように、人間ドラマがしっかりした映画を作りたい、と言い始めています。
「いや、物語なんだから、人間ドラマがしっかりしてるのは前提なんじゃないの?」と思いたいところですが、やっぱり、最近のエンタメ映画は人間ドラマが希薄な気がします。

最近は映画も小説も、構造が複雑で、観客を飽きさせないためか、シーンの数も多い気がします。
鑑賞すると刺激的で面白い印象はあるものの、私は、物語が良く分からないまま終わったり、最後まで登場人物に愛着が湧かないままだったりすることが多いです。
この原因について私は、「自分の理解力が衰えていて、さらに、面白いと思える感性が鈍っているからかな」と思っていました。
しかし、やはり、大前提の「人間ドラマ」に魅力が少ないんじゃないのか?と疑い始めています。
「人情」をしっかり描く、シルベスター・スタローン脚本作品や、クリントイーストウッド監督作品などは、やっぱり面白く感じられるからです。

名作と言われて残っている映画は、間違いなく人間ドラマに魅力があります。
最近もプライムビデオで何の気なしに「心の旅路」というモノクロ映画を見始めたら引き込まれて、最後まで楽しめました。
古い作品は、映像技術でごまかしていない分、ドラマとしてはより面白いとさえ思えます。

特に映像技術が進歩しすぎた「映画」については、シンプルな昔ながらの「ドラマ性」が再評価される傾向があるかもしれません。

クラシックな技術が復活の兆し

特撮の古い技術に「ストップモーション」というものがあります。
動く模型などを少し動かしては一コマずつ撮影することで、その模型が自分で動いているかのように見せる、シンプルな特撮技術で、初代の「キング・コング」(1933)で技術的には完成し、「タイタンの戦い」(1980)までは、その技術自体が、その作品の最大の売りになっていました。

その後、ストップモーションは特撮の中で補佐的な使われ方をするものの、「ジュラシックパーク」以降は、CGに完全に取って代わられた手法です。

ところが近年、「犬が島」「マッドゴッド」「ジャンクヘッド」といった、全編ストップモーション技術で作られた長編映画が話題になるんです。
それも、単なる特撮の懐古趣味で評価されるわけでなく、不思議な世界観や独特な魅力を表現できる手法として、若い人にも新鮮な刺激を与えているようなんです。
私も先日「自分の映画作品に使いたいのでストップモーションで撮影した恐竜映像があれば提供してくれないか?」という依頼をいただきました。
CG全盛の時代にあえてストップモーションの映像が欲しいという人もいるんです。

ストップモーションの手法だけではありません。
最近、ハリウッドでも主流になりつつある、クラシックな合成映像手法があります。
それは、「景色を映写した画面の前で俳優が演じる」という、信じられないほど古典的な手法です。

例えば、カーチェイスのシーン。
通常は実際に役者が乗る車とカメラマンを乗せた車を並走させて、危険な撮影が必要なんですが、最新の映画では、巨大なモニターを設置したスタジオの中に車を置いて、撮影しています。
背景は猛スピードで流れているんですが、車自体は止まっていて、カメラマンに至っては、車の周りを自由に歩き回りながら撮影しているんです。
メイキング映像を見ると、車を手で揺すっているスタッフもいて、撮影がとても安全で楽しそうです。

恐らく今話題になっている「新幹線大爆破」のリメイク作品もこの手法で撮影していると思われます。

実はこの手法自体は、「キング・コング」でも多用されていて、スクリーンに映った恐竜に向かって銃を撃ったりしている俳優を、スクリーンごと撮影していたりします。
ただ、このやり方だと、どうしてもスクリーンの映像がちょっとぼやけ気味になったり、暗くなったりしがちです。
それが、現代では高精細な映像をモニターで、自由に明るさも調整しながら映写して、それを撮影出来ること、カメラがモニターと相性の良いビデオカメラになったことなどで、とてもリアルな映像を比較的簡単に撮影できるようになったんです。

ストーリーの構造も昔の人間ドラマ重視になり、楽しい特撮手法も復活し、大きなモニターを背景映像に見立ててスタジオ内で撮影してしまう、という古典的合成手法が主流になるとすれば、これは映画の先祖返りと言えるのではないでしょうか。
それは、退化ではなく、映画本来の魅力を発揮させる原点回帰に有効な流れだと思うのです。

今こそ個人映画台頭の時代

これも繰り返し言っている事ですが、昔と違って、誰もが映像を作れる時代です。
高性能のカメラも編集設備も世界配給システムも、スマホ1台の中に揃っているとも言えるわけで、やる気さえあれば映画というエンタメコンテンツのオーナーになれるわけです。

そして、これは手前味噌ですが、私が提唱する個人映画のスタイルである「マイクロ映画」は、資金が掛からない「人間ドラマの面白さ」を重視し、古い特撮手法を多用してバリエーション豊かな映像を組み合わせる特徴があります。
私自身は、モニターを使った映像合成の手法の代わりに、手軽なグリーンバック合成に特化した映像製作にこだわっていますが、まさに、この「映画の先祖返り」という流れに沿っていると言えるのではないでしょうか。
個人的には、「自分の求める制作スタイルに時代が追い付いてきた」と思うことで、今後の創作を楽しんでいきたいと思っています。

参考になれば幸いです。

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