「まかない飯」スタイルの映画製作・在庫素材で映画を作ろう

料理と映画の共通点

かねがね、「料理」と「映画」には共通点が結構あると思っています。

厳密なルールがあるわけではないですが、

  • 材料を準備して
  • 正しい順番で加工して
  • 完成させる
  • 完成品を味わう

このあたりがよく似ています。

 

どういう人が料理上手かというと、2種類います。

  • レシピに従って材料を揃え、手順どおりに作って美味しい料理を作る
  • 冷蔵庫に残った食材を使って即興的に作る

飲食店における「まかない飯」というのは後者の即興料理です。

従業員が自分たちの食事を作る際に、店の中にあるあまり物の材料をうまく使って作る料理です。

大抵の場合、修行中の料理人が訓練として作ったりすると聞いたことがあります。

概ね「まかない飯」というのは美味しいものです。

 

映画作りについても、普通は厳密に準備をして作品を作る風潮があると思います。

それはレシピ本を見ながら、材料を全部揃えて、手順に従って作品を作るやり方しかしていないということです。

 

実際はもっとラフでもいいんじゃないか、ラフに作って面白くなることもあり得るんじゃないかなと思います。

料理で言う「まかない飯」と同じ感覚で、手元にある映像素材をうまく使える人は実は強いんじゃないかという話です。

必ずしも初めからテーマが無くても良い

この「まかない飯」的な映画作りが一般的になり得ない理由として、映画作りをするということを高尚に考える人が多いことにあるのではないでしょうか。

 

作家性が最優先で、作家はこういうことを世に問いたい、訴えたい、そういうテーマを持って映画を作っているというのが大前提になっている気がします。

 

それは、高尚な作家は「自分本位の視点で物を作っている」とも言えます。

映画というのはそういう作家性を前面に出した芸術作品だけではありません。

一般大衆が喜ぶような作品を作る大衆作家も非常に価値があるはずです。

 

別に高尚なテーマを持って、使命感を持って作った映画だけじゃなく、「こんな感じのものができちゃいましたけど、どうですか?」という、軽いノリの映画も、楽しければいいじゃないかと言うのが私の考えです。

 

でも、何のテーマも想定せずに作った薄っぺらな作品も、形になると、それが器となって、何かテーマらしきものが浮き上がってくるという面白い現象は実際あるんです。

そんなつもりじゃなくて、ただ単にブラックユーモア的なことで作っても、「これって今話題になっている社会問題を風刺しているよね」というような形に偶然なってしまうことがあります。

これは今人気の「都市伝説」の面白さにも通じると思います。

都市伝説というのは、例えば「陰謀」を例にとると、本来は何の関連もない出来事も、都市伝説脳というか、作家気質の人は、そこに因果関係を見つけてしまうんです。

架空の因果関係です。

 

そうすると見る方としては「なるほど繋がった。面白い」こういう感覚になります。

都市伝説には結構危険な要素があって、普段から頭を使って物事を考えることをしない人たちは「理屈が合っているから、これは真実に違いない」と簡単に思ってしまうんです。

酷い場合は、新興宗教にはまる以上に家庭崩壊を招くと言いますから、気を付けなければいけません。

 

それはともかく、ラフな感覚で映画の形にした後に、テーマらしきものが見えてきたら、後付けでテーマを補完していくというようなこともできそうです。

在庫素材の使い方アイデア

例えば過去の完成作品。

有名なところでは、私の好きな「死亡遊戯」という、ブルース・リーが生前に撮っていた映像素材をうまく使って継ぎはぎして作った映画があります。

それから、ロジャーコーマンという人がプロデュースしたホラー映画のシリーズがあって、その完成品映像を流用して、新作のホラー映画を作る企画もありました。

 

私たちの自主映画では未完成に終わった作品というのが結構あったりするので、お蔵入りしているその映像を使って、何か新しい作品が作れないかというような発想もあり得ます。

 

それから旅行に行った時、撮影した映像素材もあると思います。

私の場合、普段から「何か映画に使えないかな」と思いながら撮っています。

 

こういう過去の映像を使う時は、映画として撮影してませんから、どうしても映像の質感が違ってたり「手持ち撮影のラフ感」が出てしまいます。

それをどう処理するか。

何とか自然に繋ぐというのも手ですし、逆に「これは旅行に行った時の映像なんだ」という設定で使ってしまう手もあります。

例えばホラー映画などには、「旅行に行った時のこの映像に何か写ってる」というような設定にすると、手ブレがある旅行映像もそのまま使えます。

 

それから「回想シーン」として単独で使えば、他のシーンと映像の質感が違ってしまってもおかしくありません。

 

もう一つはちょっと大掛かりにはなるんですが、グリーンバック撮影した人物を合成することを前提に、背景映像として使う選択があります。

 

そうやって「ありもの」の素材を組み合わせて、「まかない飯」で1食分作るような感覚で作品を作ってしまうのはどうでしょう?

効果的なネットワーク活用

こうやって在庫素材をうまく活用するためには、素材自体のバリエーションが豊かで、数も十分に多いというのが前提になります。

旅行に行ってちょっと2、3枚いい景色の写真を撮ってきたとしても、シーンを作るには足りないんです。

 

日頃から映像を集めてストック映像にするということが有効ですが、もっと圧倒的に数を集めるためには、仲間内で自分たちが撮った撮影素材を共有し合うのが有効と思います。

「自分で撮った映像は人に使わせたくない」という人は別ですけれども、死蔵させるぐらいであれば何かに使ってもらって「映像協力」で名前を出してもらった方が楽しいじゃないかという考えもあります。

 

例えば、ダイビングが趣味で、水中で動画とかも撮れる人が知り合いにいれば、是非、その映像を共有させてもらうと楽しいと思います。

 

商売をするわけじゃないのに、何で余り物を使ってまで邪道な映画を量産しようとするのかという批判はあるかもしれません。

 

これには明確な意図があります。

それは「技術のレベルを向上させるため」です。

一番いいのは、とにかく数をこなすことです。

駄作と言われようが、邪道と言われようが、本数をたくさん作れば、必ずレベルが上がります。

特に映画には、内容とは別に「技術レベルの向上」が不可欠なんです。

 

有名なマーケティングの専門家である、ダン・ケネディという人が、「質は量を凌駕する」と言っていますし、プロ野球の野村克也監督も同じようなことを言っています。

 

「量より質が大事」というのは、量を十二分にやった人が次の段階で言うべきことであって、ほとんど全ての人は「量稽古」が足りないのが現状です。

有り余る才能も、圧倒的体力と行動力も持っていない私などは、ゼロから物語を生み出していてはなかなか創作のペースが上がりませんから、あの手この手を使って、少しでも撮影の手間を減らして、完成品を多くしようとするわけです。

結果的には比較的早く、一定レベルの作品が作れるようになりますから、自分たちも、見た人も楽しめる状況が作れると思います。

参考になれば幸いです。

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