「創作者は感性が全て」という間違った教え・作品の魅力を伝える活動は不可欠

趣味の創作活動ですから、本来はその内容も目的も自由であることは言うまでもありません。

ただ、いくつか問題があります。

  • 「自由」というのはかえって難しい側面もある
  • 「高い自己満足」と「承認欲求」は切り離せない

ということなどです。

 

小さな子供は「自由に好きな絵を描いていいよ」と言われたら、躊躇なく何かを描き始めます。

ところが、大人に同じことを言っても「何かテーマがないと何を描けばいいのか分からない」という人が驚くほど多いんですね。

大人は生活の大半を「仕事」をして過ごしています。

その仕事も90%は「指示に従って働く」という内容なので、「何をどうやるか完全に自分が決める」ということに慣れていないのかもしれません。

 

そこで、「創作の趣味は面白そうだ。やってみよう」というところまでたどり着いても、まずは自己流に始めるのではなくて誰かの成功例を参考にしようとするはずです。

あるいは、誰かの創作の裏話を聞いて、自分でもやってみたくなったということもあるかもしれません。

これはもちろん悪いことではありませんし、自然なことですが、実際には落とし穴が潜んでいます。

天才のやり方は参考にならない

私の知り合いに劇団の芝居を書いて自らも演じている役者さんがいました。

親しくしているときは何度も芝居を見に行ったり、映画に出演してくれたお礼として公演の撮影をしていたんですが、物語の内容がなかなか面白かったんです。

後に、マニアでもない私のような観客が「面白かった」と思える小劇場の芝居はほんの一握りしか存在しないことを知るのですが、ともかくもその劇団の芝居はレベルの高いものだったようです。

特に伏線回収が見事で、役者さんたちの魅力も相まって「面白かった!」という印象が毎回残る舞台でした。

 

雑談の中で作家本人に「どうやって話を作るんですか?」と尋ねたことがあります。

どんでん返しから逆算して設計するのか、用意したエピソードを有機的に結びつける手法なのか、と思ったのですが、答えは、

「いや、何となく設定を決めて、キャラクターのやり取りを書いていくと、最後はうまいこと纏まるもんですよ」

というものでした。

 

本人は実際にそういう感覚で作っているのかもしれません。

そして、お気付きだとは思いますが、これは才能がある人のやり方であって、多くの人はこれを真似ても上手くいくわけがないんです。

「天才」に憧れを持ったり、エピソードを楽しむのは自由です。

私も大好きです。

でも、その通りに真似しちゃダメなんです。

美大出身の画家の話

縁が無いので良くは知りませんが、一般的に美術大学に入学するのはなかなか難しい印象があります。

そして、最近よく美大で絵画を学んだ人の話を聞く機会が多くて、その実情に愕然としています。

 

画家になりたくて美大に入った人は、ひたすら創作に打ち込みます。

卒業後も、最低限の生活費を稼ぐアルバイトをしつつ、絵を描き続けます。

「とにかく創作に全てのエネルギーを注げ!」と教育されているからです。

一部の人は、師事したプロの画家について回って、その画家の個展にオマケとして1枚だけ自分の絵を展示させてもらったりしますが、そこから活路が開けることはほとんどありません。

驚くことに、美大を卒業して画家になった人の大半は、一度も自分の絵が売れた経験がないまま、画家の道を諦めて別の進路を選ぶそうです。

 

これは何を意味するか。

「創作者は技術を磨き、感性に従ってひたすら作りなさい」

という指導が間違っていると私は思います。

 

少なくとも職業画家になるのであれば、

  • どういう作品が求められているか
  • どこに顧客がいるのか
  • どうすれば自分をアピールする場を確保できるか

ということを調べて勉強する必要があったはずなんです。

これはいわゆる「商売」の要素です。

「芸術家は貧乏なものだ」「金で魂を売るな」というような滑稽な考えが、画家という特殊技術を持った人の才能と時間をかえって無駄にしてしまうんです。

この滑稽な考えや教育方針が、個人だけでなく、その業界全体を衰退させる元凶だと言っても過言ではないでしょう。

美大では芸術家としてのビジネススキルを身に付けるカリキュラムをもっと強化すべきではないでしょうか?

価値を生み出せる創作活動

これらの話は私たちの創作活動にどう活かせると思いますか?

 

スタート時の動機はどうあれ、創作をしていると「より大きな満足感」を得たくなります。

本質は自己満足ですが、その自己満足を大きくするのは他者の満足・承認です。

あなたは趣味の創作活動で「お金」という利益を追求する事に違和感を覚えるかもしれません。

「これは趣味の創作活動だから」ということで、無料での発表にこだわっている人もいます。

でも、多くの人は「無料=負担ゼロ」と勘違いしてませんか?

 

あなたが作った映画は、YouTubeで誰でも無料で見られるものかもしれません。

でも、無料で見る人も「時間」を支払ってるんです。

時間の価値は人によって違います。

1時間が500円の人もいれば、1万円の人もいます。

 

「無料なのに見てもらえない」と嘆く人がいますが、「その時間を費やす価値があるかどうか」をあらかじめ判断して、魅力を感じなければ見ないのは当たり前です。

 

つまり、相手がより大きな満足感を得たことで作り手の自己満足も高まることは確実で、どうすれば相手の満足感を高められるか、という追求は「どうすればもっと売れるか」を考える事と全く同じなんです。

多く喜ばれたら、多くの金を受け取るのは商売の基本です。

「金に魂を売るな」という教えが、売れないことの負け惜しみを含んだズレた考え方と私が思う理由はここにあります。

 

そして、創作の手法については、天才型のスタイルを真似て90点を目指すのではなく、才能にあまり関係のない「理屈」で物語を作って65点を目指すところから追求すべきだと思うんです。

65点なら最低限の満足感を鑑賞者に与えられる筈です。

理屈で物語を作る手法については、私が主宰する「DIY映画倶楽部」内の講座などでも紹介していますし、映画やドラマなどを見るときに「プラスアルファ」の要素を除いて「本質」を抽出して鑑賞するようにすれば、ポイントは押さえられるかもしれません。

 

参考になれば幸いです。

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自分で原案を考え、脚本化したストーリーを元に一つ一つのシーンを撮影して形にしていく「自主映画制作」という趣味では、とても大きな満足感を味わえます。
仮に誰にも完成品を見せずに一人で鑑賞するとしても、えも言われぬ達成感、大げさに言えば作品の中とはいえ「世界を創造した万能感」に浸れるのが映画作りです。

さらに、他の人に作品を見せて高評価を得られたりすると、とても嬉しい気持ちになります。

特に現代は自分から情報を発信する手段がたくさんあります。
一般の人が自分で撮った写真や文章を大量に公開する時代です。
公開して得たい「承認欲求」は思いのほか強く、自分で作った映画はその最大級の満足を生み出す可能性があります。

ただ、難点を挙げるとすれば、「写真を1枚撮って画像加工アプリで仕上げれば完了」というような手軽さが「映画作り」には無いことです。
実際にはとても大きな満足感と引き換えに、そこそこめんどくさい作業を伴うのが映画作りです。
(そこがまた、面白いところでもあるんですが)

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